奇跡を探索している


 
三日ぶりに外へ出ました!人間こわい!
 
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10月のグロテッスコカーニバル、そして2月の劇場公演の戯曲に取りかかり中。
ひっさしぶりのゼロからの構築。
さぁ書きましょう、と言って書けるほど楽な作業ではない。
で、書こうとして自然に取った行動が面白かったので記しておこうかと。
 
探索系のゲームと物語の構築は似ていると思うのですよ。
将棋とか、手を読むやつのことです。
ルートは無限にありますが、目的は勝利です。
そこへの道を探索してそれを実行するのが将棋やらチェスやら。
戯曲、というより物語のつくりかたは、これに似ているのかもしれない。
まず、登場人物に無限の選択肢。世界に無限の選択肢。ゴールに無限の選択肢。
これらを選んで、面白い組み合わせにするのが物語を構築する作業です。
理論でこれを実行するのは大変です。
選択するという行為は、どんな小さなものでも体力を奪います。
選択には覚悟と責任が必要なので、人間が1日に耐えられる選択の回数は決まっているのではないか。
で、自分が物語をつくろうとした時、何を始めたかと言うと、漫画を読み始めました。その後、webをだらだら読みあさり始めました。
ぜんっぜんそんなことしている場合じゃないです。完全に時間の無駄。
 
が、しかし。
1.デスクに向かって物語に向かう。
2.こんなん無理ーって言って現実逃避。
3.俺はなんて時間の無駄にしてしまったんだ。もうだめだ。
4.なぜかスゴイ勢いで書ける。
 
という現象を、これまでに何度も体験しています。
恐らく、ロジックでは向かえない部分を、2の現実逃避中に脳が実行しているのではないか。
この現実逃避の内容は結構重要で、例えばメールを返すなどの能動的な作業をしてはいけません。(というか何故かできない)
もー欲望のままに受け身でいる。
このだらだらとした完全に無駄っぽい時間に、脳が何かを探索しているのではないか。
選択を行う時、各事項を一つづつ厳密に評価して最適なものを選ぶ、という作業を意識が行うのは途方もないことです。
そんなことをしていれば脳はすぐにショートしてしまうのではないか。
そこで、漠然とした事象の海から、本当に輝いている部分を抽出して持ってくる行為を、脳は無意識下で行っているのではないか。

何故これに気付いたかと言うと、普段ぜんっぜんweb記事漁りやらしないのに戯曲書こうと思った瞬間そういう行動に走ったため。
それと、普段は1時間の睡眠に対して2時間は活動できるのに、執筆中は1時間活動するのに1時間の睡眠が必要になるので、なにかやはり脳内で記憶に関する計算が行われているのではないかと。
 
というわけで作家のみんな、だらだらするのは悪くない!
だらだらしてる時に何か言われたら「奇跡を探索している」とでも言っておけ!
 
以上、言い訳と同業者に対するハメコミ記事でした。
 

◎次回の興行

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